スペシャル
自転車サイトcyclismag.com(フランス)2007/04/11
福島兄弟の愛弟子、新城幸也選手
Cyclismagは,2006年のツール・ドゥ・リムザンで3位入賞を果たした新城幸也選手と監督浅田顕氏と会見。浅田氏は福島兄弟の注目するこの新城選手に多大な期待を寄せている。
| Cyclismag | "自転車ロードレースを始めたきっかけは何ですか? " |
| 新城幸也 | 父が少しやっていて、地区大会に出場していたので、それを見に行ってました。 父は僕に自転車をくれたけど、やれと強制されたことはなかったです。それより父が福島晋一さん、康司さんと知り合いだった事が大きな原因ですね。 |
| = 受験に失敗。そのときレーサーとしてのキャリアが始まった = | |
| Cyclismag | "初めてのレースは覚えてますか?" |
| 新城幸也 | 13歳の時、自転車レースに出ました。出場したカテゴリーでは2位になったんですけど、ハンドボールの道を選びました。それから18歳の時、ハンドボールを続けようとしていた大学の受験に落ちたので、諦めて自転車ロードレースを本格的にやるために渡仏しました。 |
| Cyclismag | "ということは、日本ではあまり走っていなかったのですか?" |
| 新城幸也 | はい。僕は沖縄本島の近くの小さい島、石垣島の出身で、島は台湾から200kmのところに位置しています。そこは、トラックも車もほとんど走っていなかったんですけど、それでも走るのは怖かったんです。といっても、今は日本に戻ったら自転車しか乗ってませんけど。でもフランスで始めたこともあって、アジアよりやっぱりヨーロッパで走るほうが好きです。 |
| = 晋一さんが迎えに来てくれた = | |
| Cyclismag | "どうやってフランスで再出発がかなったのですか?" |
| 新城幸也 | 晋一さんのおかげです。空港まで迎えに来てくれて、オマールにある彼の家に泊めてくれました。初めの年はオマールのクラブで練習して、2年目はオマールの近くのヴァル・ド・ブレイルで。3年目はDN1 エスポワールのクラブがあるブラニャックへ行きました。その年に日本の新人(U23)チャンピオンになって、翌年2006年に浅田さんのチームに入りました。 |
| Cyclismag | "浅田顕氏と福島兄弟は日本のロードレース界で有名ですか?" |
| 新城幸也 | もちろんです。僕たち選手が走ることができたのは、この方たちのおかげですし、特に浅田さんがいなかったら、今ごろチームは存在していないと思います。 |
| Cyclismag | "浅田さん、どうやって彼を探し出したんですか?" |
| 浅田 顕 |
晋一を通じて、彼がデビューしたときから注目していました。私はいつもうちのチームに入りたいと言う選手たちに言うんです。まず日本の大会で勝たないと、その上を目指しても無駄だよ、と。幸也に関しては全国大会で勝ったのでチームに入れました。 |
| = エンジンがかかったイタリア・レジオーニ = | |
| Cyclismag | "幸也君、新人としてプロのレースはどのように展開していきましたか?" |
| 新城幸也 | 2006年の3月4月は辛い時期でしたが、その後イタリア・レジオーニでステージ2位になってスイッチが入りました。ツール・ドゥ・リムザンの前は確かに調子も良かったけど3位になるとは思ってませんでした。レース終盤には周りに誰もいなくて1人だけでした。集団を率いていたのはコフィディスではなく、セドリック・エルヴェの順位を守ろうとしているジャン・フロックでした。 |
| 浅田 顕 | 幸也の順位にはみんな本当に驚きました。初めは晋一がいい位置につけていたんですけれど、レースの成り行きで計画が変わって、それが我々の成長を裏付ける大満足の結果になりました。我々がツール・ドゥ・リムザンに初めて出た年は、第一ステージで選手6人全員が途中棄権したというので大きな記事にされたんですけど、今回は新城が3位になったというのに採り上げられなかったですね。 |
| Cyclismag | "さらに勢いにのって世界選手権でも14位という好成績でしたね。" |
| 新城幸也 | 調子は良かったんですけど、運がなかったですね。イタリア勢やオランダ勢は常に3,4人の選手が先行しているんですけど、僕は1人だったんです。それがレースなんですけど。今年はプロ世界選手権へ行きたいと思っています。それは全日本選手権の後、新しいセレクショナーである三浦氏によって選ばれます。日本以外でも良い成績を残せば、もちろん考慮に入れてもらえます。 |
| = 僕はアタッカー = | |
| Cyclismag | "ヨーロッパのチームからコンタクトはありましたか?" |
| 新城幸也 | フランスのチームがいくつかあったのみです。 |
| 浅田 顕 | 私の目標はハイレベルのチームを形成していくことです。しかし、もしチームが向上していかないなら、そのときは選手達を手放さなければなりません。でも、ヨーロッパのチームは外国の新人選手達に対して閉鎖的な感じがしますね。 |
| Cyclismag | "今年、パリ−トロワでは雨にもかかわらず完走しましたね。悪天候にも強い方ですか?" |
| 新城幸也 | いや。やはり良い天気の方がいいですね。パリ-トロワは本当に辛かったです。素晴らしい天候の下で走っていたタイから戻ったところでもあったので。 |
| Cyclismag | "ヨーロッパでの基盤はどこですか?" |
| 新城幸也 | オマールにある福島晋一さん宅とトゥールーズの近くです。トゥールーズにいると、St.ジロンの近くの山で少し練習できるんです。 |
| Cyclismag | "山岳向きの選手だと思いますか?" |
| 新城幸也 | いいえ。僕はむしろアタッカーです。 |
| 浅田 顕 | そうですね。彼はいい走りをするし、いつも集団に先行して走ります。 |
| Cyclismag | "日本で恋しいものは何ですか?" |
| 新城幸也 |
恋人です!もちろん食べ物もです。僕の好きな料理は沖縄の苦い野菜、ゴーヤのソテーです。僕は料理はしませんが、選手の中では宮澤さんがシェフになって料理してくれるんです |
インタヴュー編集:Freddy Gue'rin,Dominique Turgis
著作権:Dominique Turgis-Cyclismag.com
翻訳:シルヴェストリ真希
翻訳監修:嶋田宏司
掲載HPアドレス:http://www.cyclismag.com/article.php?sid=3118
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